メルマガにこんな事を・・・

今晩は。片山です。

いつもメルマガ読んでいただきありがとうございます。

今日はまったく違った内容で話します。
髪の話は一切ありません。

僕の本音トークです。
美容師ではなく、一人のオッサンのぼやきとして聞いてください。

最近いやなニュースがテレビから流れてきます。
皆さんはどんな気持ちですか?
僕はもうテレビのニュースを聞くのがいやになってきています。
でも、逃げることもできないのでとてもつらい気持ちで、見いているのですが

このメルマガの読者はおそらく幅広いと思っています。
下は十代から上は五〇代まで男女をとはず一三〇〇人ぐらいの方が読んでいると思います。
僕がどうのこうの言っても、変わらないかもしれませんが、どうしても話したいことがあります。

なぜ子供が自殺に走るのか・・・

それは、僕が思うのにその「親」が楽しく生きていない。
それと、「命」という話をしていない。
「いじめ」が表面化していますが、子供同士の世界には古く昔からありました。
こんなことを書くと、腹がたつひともいるでしょう。

しかし、いい子いい子ではまともな子供にも育ちません。
学校の先生も、優等生だった自分の子供時期とは違った世界が目の前に広がるのに
サラリーマン化した先生ではとても太刀打ちができていません。
原因は、すべて「親」にあるといっても過言ではないでしょう。

僕は、地元の中学校で役員を何年もやりました。PTA会長もやりましたが
「熱い」思いの親の下で育っている子供は、やはりたくましく育っていきます。
そして、何かに打ち込んでいる親の姿を見て子供は、何かを感じて大きくなっています。

「義務教育」は親が子供に教育を受けさせる義務があって、子供は教育を受ける
権利があるのです。
学校の先生には、ハッキリ言って何も義務はありません。

子供の成長のお手伝いです。
だから、中学校までは「親」の責任のほうが大です。

あれが悪いこれが悪いといえば、聞こえがいいですが、実はそんなことを言う
子供や、大人にまともな人はいません。

なんでこんなことが、まかりと通る世の中になってしまったのでしょうか?

「命」の大切さも知らないから、というか、真剣に「親が」話していないから
又、幼少期に、真剣に怖い思いを経験していないから、さらに、団体行動で
何かをやらかした子供を、真剣に怒るまたは叱る場面に多く遭遇していないから

そして、気持ちが引き裂かれそうなときに、迷ったときに、親もおろおろしていないから
たまらない気持ちを、ぶつける場面に遭遇していないから、
安全といい言葉に、「安心」という言葉に、すべて他人任せにしていたから
書いていくと、いっぱい出てきます。

僕にも三人の子供がいます。
彼らが小さいとき「世の中で一番大事なもの」について話したこともあります。
命についてです。

僕の考える命です。
とっても大切なことだと思うのです。

自分の分身である子供に対して自分で「命」について自分の言葉で
話しました。

子供のうちは、話しやすいのです。
又、僕は少年野球を一〇年以上教えています。
「体罰」けっこうします。

ゲンコツをよく入れます。約束を守れない子供には、真剣に怒ります。
もう切れています。

ぶち殴ってやる!って感じです。
でもゲンコツです。手も痛いです。
本当は良くないのでしょう。

しかし、子供達は、その後抱きついてじゃれてきます。

田舎の子供だからではなく、子供はどこも一緒です。
環境こそ違っても、ただの子供です。

違うのは、「親」です。

ハッキリ言います「親」です。

世界中には悪い親より、いい親のほうが絶対に多いはずです。
子供が「自殺」したから悪い親だといっているのではありません。

僕にも年頃の子供がいますから、えらそうな事はいえないのですが、
ただハッキリいえるのは、

大人が生き生きしていないと、それは、子供達に出てくるということです。
家では、お母さんやお父さんが暗いと家の中は暗いでしょう。

学校では、心から仕事をうれしそうにしていない先生に、難しい年頃の子供は
そっぽを向くでしょう。

大人が、自分の人生の詐欺師になっている以上、子供達も詐欺師の道を
歩くのかもしれません。

このメルマガは、髪の毛の話が中心なのですが、あえて自分の気持ちを
ぶつけてみました。

解除されてもかまいません。
気を悪くされた方もいらしたでしょう。
汚い言葉の多く使いました。

大人を批判したような表現も多々あります。
どうか「親ばか」はいいと思うのですが、「バカ親」にはならないでください。

そして、中学生や高校生または思い悩んでいる人、「死ぬ」なんて考えないでください。
「死」は何も解決しません。

残された人たちは、一生解決されることのない問題と向き合って生きていかないといけません。
「不幸」という言葉を、周りの人にばら撒く行為を「自殺」と書いて「不幸」と呼びます。

生きてください、命ある限り!
学校がいやなら、親に、ハッキリ言いなさい。

いいですか!勉強しなくても、自分で何かをしたいと思ったときには、十分生きていけます。
学歴なんて問題外です。

世の中の仕組みはすべて正しくはありません。
まだまだ知らないことが九九.九九九九九九九九%以上あります。
生きていないと、何も知ることも与えることもできません。

「なぜ生まれてきたのか」
それは、人の役に立つためです。

自分のためではありません。
なぜ生きているのか。生きているのではありません。

生かされているのです。
その証拠に心臓は、自分の意識ではとめることができません。

生きて生きて生き抜いてください。

大人も一緒です。
人は、オギャーと生まれたら死にまっしぐらに突っ込んでいきます。

毎日死んで行っています。

むやみに悩んでいたって、そうなんです。
どうせそうなら、どうせそうなら、

ジーっとまつ方がいいですか?それとも・・・・
少し長くなりました。

片山、何考えとるんかって言われてもかまいませんけど、
何か感じていただけたらしあわせます。

これってほんと?

ある人はいいました

いじめられて苦しんでいる君は、けっして一人ぼっちじゃないんだよ。
お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、きょうだい、学校の先生、
学校や近所の友達、だれにでもいいから、はずかしがらず、一人でくるしまず、
いじめられていることを話すゆうきをもとう。話せば楽になるからね。
きっとみんなが助けてくれる。

これってほんと?

ウソではありませんが・・・
優しい言葉ですが、これで人の心は動くでしょうか?
わかってないよな~
お役人さん(笑)

大事な部分が抜けてますよ
て感じてます。

人は、本当は一人ですよ!

なぜって

世の中に決まっている事があるとすれば、
それは、一人で生まれて、一人で死んでいく事だと思うのです。
まあ、そこに行くまでは、色々な人の力が必要なんですが・・・

何でも「自力」が最初です。
そして最後は「自力」がなくなるときに「死」を迎えると思うのです。

さて、「あなたは一人ではない」ですが、
あなたは一人です!まずはこのことを、教えないといけないのでは?
あなたは、世界の60億あまりの中でもたった一人の個性を持った「人」として
命を授かったのです。

誰も真似が出来ない、あなただけの人生が目の前に展開されていきますよ。
「あなただけの人生」

これって、意味のないことだと思いますか?
独り善がりですか?
無駄な事ですか?
ダメな人間ができることですか?
すごくたくましくないですか?

強くないですか?

誰の力も借りずに生きていく事を、「自我として」目覚め始める頃
「あなたは、一人じゃないですよ」「皆がいるよ」は確かに大切な表現ですが
根っこの部分は「一人」と言う孤独感や恐怖感を、感じる事です。
そして、そこから抜け出す時に、「周りの優しさが」わかってくるのです。

「いじめ」はその部分が、幼少期の時から体感していないから、知らず知らずにやってしまうのでしょう。

あなた達は、

多くの人たちと、今から出会っていきます、自分にとって素敵だと思う人、
嫌だと思う人、すべては、あなたが生きていく時に、すばらしい経験として
蓄積されて行くでしょう。

でも、できることなら、いい思いで、人と接していければいいのですが、
わたしたち「大人」が育ってきた時代背景と少し違った部分も、多くあるけど
あなたの時代は、多くの人たちが手を取り合ってやっていく時代です。
古く昔から、このことは変わっていません。

しかし、世界中から戦争がなくならないうちは、きっといじめもなくならないでしょう

そんなもんです。
大人が手本です。

だから・・・
さめた子供達に、きれいな言葉をかけても

「ばかじゃね~の」て思われるのがオチです。
真剣に、接していかないと、彼らは僕らを見てくれないのです。

一人で生きて一人で死んでいく
でも、友達もいたほうがいいし、両親への感謝も大事です。

まずは「一人」
その部分をはずすから、「日本人」は横並びが気になる人種になってしまうので
す。

違うかな?
「思いやりをもとう」
いい言葉です。

しかし、友達が今手を切って血を流していても、その痛みは、今現在自分にはわかりません。
さめた言葉ですが、そんなもんです。
でも、言葉や、行動には出ることが出来ます。

「大丈夫」?「ハンカチで血を止めたり」・・・
態度や言葉で表すのが、思いやりでしょうか?
僕は、本当の思いやりは、ぞっとするような思いを感じる事だと思います。
鳥肌が立つような、いやな感じです。
恐怖です・・・

それを感じる感性を養っていかないと、大人になって、表面的な「態度」でしか生きていけなくなると思います。

どうやって、そのような「感性」が育つのでしょう?
はっきり言って、わかりません。(笑)

ただはっきりいえるのは、そんな感性を持った、大人に触れる事です。
ときには「熱く」時には「冷静に」とでも言いましょうか、

「親力」と言う本が、あるようですが、(僕は読んでいません)
親がそんな感性があればいいのでしょう。

なければ・・・・
ある部分他人に任せなさい。

しかし、一緒に成長する気持ちが「親」にないと子供は絶対に「成長」していきません。キッパリ!!

他人に任せるのは、親も一緒にその中に飛び込まないと、子供との一体感は生まれてきません。

「一人じゃない」

でも「一人です」

何度も言います
「一人です」そして「自力」です。

そこから、親や他人が出てきます。
そのたくましさが、多くの力を引き寄せてきます。

最初から、多くの中で生きていくことしか、ないと思うからおかしくなるのです。

まずは、自分!

それを、自分で認めない限り、本当の思いやりも、強さも出てこないでしょう。
そう思うことは自分勝手ではないのです。

でも、もしそれで、心の葛藤が出てきたのなら、あなたは、すでに「思いやりを」持つ
ことを、体感し始めていると思います。

「孤独感」は多くの人の中でしか感じる事が出来ません。
そんなもんです。
無人島で生まれてずっと一人だったら、寂しさなんて感じません。
これは、何を意味するのでしょう。

これ以上書くとめちゃくちゃ長くなるのでやめときます。

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